Miki’s Essay 鈴木みきのカナダのお山へGO! 第7回

クレスト・マウンテン・トレイルへ ~BC州滞在記その4~

(photo:Jun Yanagisawa)

カヌーを積んだ車で向かったのはCrest Mountain(クレスト山)、標高は1566m。この夏のカナダは気温が低く、山の残雪が多かったようです。確かにロッジから見えた山々の上のほうは肉眼でも雪があるのを確認できました。7月でまさかここまで雪が残っているとは期待していなかったので、私の装備リストにはアイゼンやピッケルは最初から入っていませんでした。ロビンも「今年は雪が多いから、行けるところまで登ってみましょう」と言って、みんなも賛成しました。「晴れていればすごいいい景色なんだけど、今日は分からないわ」。
見仰ぐと山の上のほうは雲のなかに隠れていました。

クレスト・マウンテン・トレイルの案内板には「しっかりした装備を」「時間に余裕を持って」というアドバイスが(photo:すずき)

道路脇のTrail Head(登山口)にはそれを示す看板があり、コースの簡単な地図と注意点、最新の情報などが書かれていて役に立ちます。ここでそれらを全員で確認する作業はとても意味のあるものだと思いました。不要な荷物は車に預けて、ランチバッグ(昼食弁当)を受け取って出発です。だいたい北米のお弁当というと茶色の紙袋に入っています。ああ、懐かしいなぁと思い出しつつ中身は後でのお楽しみにして、開けずにザックに入れました。
さあ、今回はじめての山登りです! どんな感じなのか楽しみです。

緩やかにモミやスギの大木の森を歩き始めます。道は明瞭で分かりやすいといった印象です。分岐がないので定かではありませんが、道の途中にはあまり看板らしきものはありません。木に付いたリボンが目印となりますが、数は多くないような気がしました。しかし、登山道の雰囲気や歩き方は日本と変わらないので、いつもの感覚で歩くことができます。
そうこうしているうちに傾斜が徐々にきつくなってきました。クレスト・マウンテン・トレイルについて私が前もって知っていることは「標高差約1200m!」(これはなかなかの標高差です)。これを約3時間で登りきるということはそれなりの急登だと覚悟しなくてはなりません。細かくつづら折れしながら進んでいき、丸太橋が見えるころの森がとてもキラキラしていて素敵でした。原始の森というか、木々の存在感やシダの躍動感が全体に漂っているのです。丸太橋の下を流れる沢に手を入れると、しびれる冷たさでした。ああ、上には雪があるのだなぁと思うのでした。

登山道の感じは本当に日本とそっくりで、無我夢中で登っていると時折カナダにいるのを忘れてしまいます。道は大きなつづら折れになり、ますます急になってきます。それでも岩など手を使うようなことはなく、大きな根っこを大きく足を上げて越えるようなことも少ないです。そのおかげで歩きやすいことは歩きやすいですが、急なことには間違いありません。
あっという間に息が上がって、すぐにでも立ち止まりたい気持ちと戦いながら歩き続けます。きっとこれは、みんなで登っていくから頑張れるんだろうなぁと度々考えていました。私がひとりだったら立ち止まってしまうかも。それにしてもロビンは力強い! 何食わぬ顔でずんずんと登っています。やっぱり欧米人とは肺活量が違うんだ、からだのつくりがそもそも違う! と目の当たりにした気分でした。いや、それとも若さか?…ともあれ、いいペースで標高をかせいでいきました。

カナダのカタチ 日本のカタチ

標高差が約1200mあり往復のコースタイムが6時間、休憩などを含めると7時間~8時間と考えると、日本の登山の常識では遅くとも午前8時には登山口に居たいものですが、この日の登り出しは午前11時。これには少し不安も感じたのですが、よくよく考えるとカナダの夏は日が長いんでした! 日本で夏の下山の目安は15時~16時ですが、暗くなるからこの時間設定なのです。カナダの7月は暗くなり始めるのが20時ころ、21時になってようやく「夜になったね」くらいです。そういえば、車のピックアップを17時ころにロビンは頼んでいました。明るくなるのは普通に6時くらいだったので、12時間はガッツリと行動できるということです。忘れかけていましたが朝はカヌー漕いでたんだっけ。

これに水のペットボトルと確か大きなクッキーも入っていたと思うが、早弁をしてしまったんだっけな?
(photo:すずき)

13時を過ぎてお腹が減ってきたので、平らな場所を見つけてランチにします。楽しみに紙袋を開けるとサンドウィッチにリンゴ、お菓子とジュース、思った通りスタンダードなランチバッグです。こんなふうに外で食べるときも学校や職場に持っていくときも、ほぼこのラインナップ。日本のお弁当の種類の豊富さや凝り方は世界に誇れるのではないかしら? サンドウィッチ以外は手を加えず紙袋に入れるだけという合理的さが北米の文化を表していると、いつも思います。私はこれが可愛らしくて気に入っていて、北米に来た実感がしました。
登っているときは息も切れてあまりお喋りできませんでしたが、ランチを食べながらロビンがこんな話をしてくれました。
「この辺りの(州立公園との境目)木の伐採はひどい。その多くは日本へ運ばれているのよ」。

再び歩いていくとピンクの可愛い小さなお花がたくさん咲いていました。植物に詳しいジュンさんにたずねると、日本でいう「ホテイラン」だと言います。私の知っているホテイランよりもずっとずっと小さくて、よくできたミニュチュアみたいでした。
「これは『コマクサ』の仲間だね」と指さされた先を見ると、背の高い茎に小さいピンクの丸い花、日本では高山植物の女王と呼ばれる「コマクサ」とは趣きが違う! 名前の由来にもなっている馬(駒)の顔に似てるというよりも、プックリとふくれっ面のポニーという感じ。いつも私は植物の適応性には感服させられるのですが、私とロビンの顔の趣きが違うようなことなのかなと考えてみたりしました。同じ人間の仲間なんですがねぇ。

夏の雪原で出会ったもの

まわりの木々が低くなり視界が開けるようになりました。残念ながら遠望はきかないものの曇り空の眩しさに包まれます。すうっと涼しい風が通り過ぎて、ずいぶん高くまで登ってきたのだと知ります。足元に少しずつ雪が現れるようになりました。最初は「雪だ」「雪だ」と喜んでいたものの、さらにしばらくいくと突如、一面の雪の斜面になってしまいました。ロビンが蹴りこんで足場を作りながら登っていきます。雪といっても残雪なので深く沈むということはありませんが、たまに落とし穴があるので気をつけます。樹林帯のなかで深刻な雪の感じでもないので、夏の雪になんだか笑顔。「7月なのにね」「夏だよ、夏!」みんな笑顔。

樹林帯を抜けたような場所で傾斜が緩くなり、平らな雪原になりました。辺りはガスに包まれて雪との境目はありません。
「残念だけど、ここで終わりにしましょう」
ロビンが言いました。見えない山頂にはなにが待っていたか分かりませんが、わたしには残念という気持ちもありませんでした。みんなで登ってきて雪の上まで歩けてとても満足でした。ガスの奥にうっすらと池のようなものが見えていました。それが、あまりに幻想的でむしろガスっていて良かったと思ったくらいです。

「凍える前に下りましょう」と真冬のような風の吹く雪原から下りることにしました。下りとなると急に雪を感じます。一箇所は少し恐ろしいくらいでしたのでロビンの真似をして後ろ向きになって一歩ずつ確実に蹴りこんでいきました。カナダ在住組はちょちょいと滑りながら上手いこと下りていきます。
雪を抜けて急な坂をロビンと私が他を離して軽快に下っていたときでした。
「Oh!」
あまり大きな声を出さないロビンが急に立ち止まりました。私も何事かとびっくりして立ち止まると、ロビンの数メートル先にPtarmigan(ターミガン・雷鳥)がいるではないですか! めずらしくテンションが上がっているロビンが再び「Oh My…」と目を凝らす先にはその子供たちまで。

日本の高山ではおなじみのライチョウですが、ここバンクーバー島ではとても少なくなっているのだそう。ストラスコナと周辺の山岳エリアでは実態の調査をしていて、来るときに「見かけたらご一報ください」というカードが登山道に設置してありました。そのカードを手にロビンは足に付いている認識バンドを見ようとライチョウと一緒に右往左往。私はそんなロビンの邪魔をしないようにジッとしていました。間もなくみんなが追いついて歓声が上がるとライチョウはどこかに隠れていきました。

置かれていた調査票。すでに認識されている固体の足には色のバンドが付けられていて、その組み合わせで発見された時期や場所が識別できるようだ。今年、北アルプスでも同様の調査アンケートを見かけた。日本でもカナダでもあの愛嬌のある鳥を見かける機会が減っていくのは寂しい (photo:すずき)

ヘンにはしゃがず、頼りになるロビン(photo:すずき)

その後もロビンと私は走るように下っていきます。下りではあまり足でストッパーをかけ過ぎると逆に膝が痛くなることがあります。道は滑らかなので多少勢いに任せて軽く下りていく方が楽なのです。みんなは歩いているので2人きりになってしまうのですが、なにしろお互いの言葉が話せないからバツが悪い。歩を緩めて話すこともないので、結果的にひたすら下っていました。要所要所でみんなを待っていたときも会話はとくにはありませんが、居心地は悪くありませんでした。きっとロビンも同じように感じていたのではないかな。Jさんは膝が痛くなり遅れ気味でしたが、登山経験は浅いというわりにNさんの元気な声がずっと聞こえているのには感心しました。やはり若さか!

最後のひと頑張りはゆっくりと全員で下っていきました。雨が降り出していました。雨の原生林は行きとは違う表情でますます原始の森のようでした。さすがに私の膝もガクガク。この状態を日本では「My knees are laughing.」(膝が笑ってる)と言うんだと、ロビンに通訳して伝えてもらうと「Good expression ! I like it ! 」(いい例えだわ!)と喜びました。
もう数メートル先の駐車場では迎えの車が雨煙のなか待っているのが見えました。ストラスコナは携帯電話の電波が入りません。時計をみると18時を回るころでした。1時間も待っていたのでしょうか。ふと、今となっては携帯電話を1本入れて時間を変更するのが普通になってしまったけど、朝に交わした約束だけでちゃんと待っていてくれるということに胸があったかくなりました。上手くは言えませんが、これでいいんだよな、という気持ちです。ドライバーの顔が確認できる距離にきたところで、私は勇気を出して拙い英語でロビンにお礼を言いました。
「Thank You ! Miki」
ロビンは笑って私の肩をポンとたたきました。嬉しかった。

鈴木みきプロフィール

鈴木みき
1972年東京生まれ。
山梨県・八ヶ岳南麓在住。
イラストレーター
24歳の時のカナダ旅行をきっかけに山にハマり、登山雑誌の読者モデルや山小屋アルバイトを経て、登山系イラストレーターとなる。

著書

「悩んだ時は山に行け!」
(平凡社)

「あした、山へ行こう!」
(講談社)

「ひとり登山へ、ようこそ!」
(平凡社)

「山小屋で会いましょう!」
(講談社)

「山テントでわっしょい!極める「山女子」のヨロコビ」
(講談社)

「私の場合は、山でした!
女一匹フリーター、じたばた成長物語」
(平凡社)

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