Miki’s Essay 鈴木みきのカナダのお山へGO! 第10回

ホワン・デ・フーカ・マリーン・トレイルへ! ~BC州滞在記 その6~

(photo:Jun Yanagisawa)

ビクトリアで一夜明けて、目指すはJuan de Fuca Marine Trail (ホワン・デ・フーカ・マリーン・トレイル)、全長47kmのロングトレイルです。
とはいっても、今回歩くのはほんの一部分、だって全部歩くとなるとキャンプで3~4日かかるのですから。このようなロングトレイルを端から端まで歩ききることを「スルーハイク」と北米では呼んでいます。日本にはこの概念はなく、説明するのが難しいのですが一番イメージが近いと思うのは「縦走登山」です。八ヶ岳を権現岳から蓼科山まで5日間かけて歩くとか、北アルプスの表銀座コースを踏破するなどが似ているでしょう。あとは「お遍路」も近いかもしれませんね。
スルーハイクが盛んなアメリカには何ヶ月もかけて歩くロングトレイルがあり、世界中からそこを歩きにやってくるほどです。カナダにも人気があるトレイルがありますが、最も有名で最も難しいと言われているのが、ここバンクーバー島にある全長75kmの「ウエスト・コースト・トレイル」です。最大の魅力は海沿いを歩くこと。数あるロングトレイルでも海沿いにあるのはめずらしく、そのせいで天気も変わりやすく潮位の変化も頭に入れておかなくてはなりません。そのあたりが難しいと言われる所以のようです。
そしてそこを目指すハイカーが、足慣らしに訪れると言われているのが今回訪れた「ホワン・デ・フーカ」。同じ海岸線にあるので特殊な気候やコースが似ているのです。

ビクトリアから車で2時間弱、南端の最初のトレイルヘッドを見つけました(曲がり口看板はごくごく小さいものでした)。47kmのコース上にはいくつかのキャンプサイト(キャンプ指定地)といくつかの車道と繋がっている道があります。スルーハイクしなくても体力や時間に合わせて区切ったコースを歩くこともできます。私たちは地図とにらめっこしてSombrio Beachの駐車場から次のParkinson Creekの駐車場までの約8kmという中級コースを歩いてみることにしました。

ここでひとつ問題が浮上…車はどうする? そうです、駐車場に停めた車を取りにいくには往復することになります。スルーハイクもしくは部分的なスルーハイクをする人はビクトリアから1日1往復するバス(※注)を利用する人がほとんど。車できた場合はその駐車場までやはりバスをつかまえるか、歩いて往復するしかありません。相談した結果、取材隊を降ろしたノロさんが次の駐車場に先回りして逆から歩いてきてくれることになりました。ノロさんは私たちと合流後にもと来た道を戻るようにはなりますが「車で待っているよりいいですから~」と引き受けてくれました。

(※注) ビクトリアから1日1往復するシャトルバス(West Coast Trail Express)は、下記の期間のみの運行。
それ以外の季節は車が必要です。

<2011年運行スケジュール>
◆ 5/1~6/14、9/16~30:奇数日
◆ 6/15~9/15:毎日

さっそく私たちは歩き始めました。昨晩降っていた雨が少し残った曇り空、まずは森のなかへ。ほどなく行くと目の前に海が見えはじめます。大きなまるい石の海岸には小さなカニが出たり入ったり、流れ着いた海藻の匂いが風に乗って漂います。
ここがトレイル? 私のなかの「トレイル」はやはり森のなかであり山のなかであり、海という考えがまるでありませんでした。海岸をザックを背負って歩いていることの新鮮なこと! ヘンな気分ですが「道」は山にも海にもあるのは当たり前といえば当たり前のことですね。

そこには海に面したキャンプサイトがありました。駐車場からキャンプサイトまで、山小屋はもちろん売店などもありません。すべてを背負ってここまでくるのです。入口には熊の絵が描いてある頑丈そうなボックスが設置されています。熊が食べ物の匂いに引き寄せられないように食材を入れて置く「Food Cache(フードキャッシュ)」です。カナダでは食材、使用した調理器具はテントに入れてはいけません。テントから離れた木に吊るしたり、このような取っ手でしか開かないフードキャッシュを利用したりします。公園などにあるゴミ箱も同様の理由で蓋に取っ手がついています。

(photo:すずき)

私なんかは熊の足音にさらされてキャンプをしたことがないので想像しかできませんが、北米ではこれが当たり前。熊をキャンプサイトや街から排除するのではなく、自分たちの行為でわざわざ熊をおびき寄せないように工夫しています。熊にしてみれば自分のテリトリーですから自由に動く権利があるわけで、食べ物の匂いがすればそちらへ行くのはごく自然なことなのですからね。フィールドにあまり手を入れず、ありのままの自然界で遊ぶのがカナダ流といえるかもしれません。フードキャッシュを失礼して開けるとコッヘルや食材の残りが入っていました。
少し離れたオーシャンビューの特等席にはテントがひとつ。テントの前には洋服が干してあり焚き火の消えかかった細い煙が空に上がっていました。長旅を連想させるのに十分な光景に、北米のロングトレイルへの憧れをまた少し募らせました。

少し海岸を歩くと木にぶら下がったオレンジの浮きボールが見えます。これは山側のトレイルに入る目印です。見上げると、森へ上がるには数メートルの粘土質のガケをロープで上がらなくてはならないようです。どこか他に道はないかと見回しますが、そこしか然るべきポイントはなさそう。しかしながらこのボールを見逃すとどこまでも海岸を歩いていってしまいそうです。ガスっていたらこの広い海岸では簡単に見えなくなりそうですし、潮が満ちたらここまで歩くことができないことだってありそう。山を歩く技術だけではない自然を相手にする総合力が必要なトレイルなんだなぁと感じました。

道は海岸への出入口以外は分かりやすいが、ぬかるみが多く歩きやすいとはいえない。防水性のある靴とスパッツ(ゲーター)があるとベター。もしくは開き直ること(photo:すずき)

手をドロドロにしてガケを上がると、トレイルは平然と森のなかに続いていました。なんとなく見慣れた道、先が長いので急ぎたいところですが道が…ドロドロ。雨が続いていたので道はひどくぬかるんでいて靴が取られます。私は昨年初めて入った田んぼのことが思い浮かびました。そのくらい深くドロドロ。前を歩くカメラマンのジュンさん、コーディネーターのJさんは、ゆっくりと踊っているような動作で進んでいます。私はゴアテックス搭載の防水性のある登山靴にハバをきかせて、彼らが防水性のない靴で戦っているのを見て喜んでいました。しかしあまりにぬかるみに突っ込みすぎて足首の上から泥が流れ込んできて、次第に高みの見物とはいかなくなりましたが…。

道は短いアップダウンを延々と繰り返し続きます。ぬかるんでいなければ歩きやすそうな雰囲気ですが、乾くことがあるのかもちょっと疑問です。時おり、木立から海を見下ろします。風に気持ちよく吹かれます。関東近郊で海に近い山道を取り巻く森は常緑樹の照葉樹林が多く、海のそば独特の山容を感じるのですが、ここでは今までカナダで見てきた山のなかの森にかぎりなく近く、そこから見える海の景色との対比がなんとも不思議に思えるのでした。これも温帯雨林ということになるのでしょうか。
天気が良ければ海の向こうにアメリカ大陸の一部が山脈のように見えるのだそう。そして、タイミングがよければ海を移動するシャチ、波間に遊ぶアザラシやトドの姿が見られることもあるんだとか! …残念ながら今回、私が見れたのは、親友バナナスラッグ(巨大ナメクジ、第6回エッセイ後半部分参照)だけでした。

途中から雨が降り出し、ますます道は歩きにくくなるものの、何故かテンションは上がるように感じます。これをヤケクソというのか、最後まで歩ききるぞ! と燃えてきます。まあ、歩ききらないと出口はないので歩くしかないのです。
キャンプサイトにはトイレも設置され、次のサイトまで何キロかをしめす看板もあるので休憩にも適しています。道をそれてサイトに入り木陰で雨宿りをしながらランチのサンドウィッチを頬張っていると、ふとノロさんのことが心配になります。そろそろ出会ってもいいころでは?
ならば道から離れていてはいけません! もしノロさんが気づかずにこのサイトを通り過ぎてしまったら…私たちは急いで道に戻ります。でも通ったのか通ってないかも知ることはできません。携帯電話の電波もありません。「大丈夫かな?」「どうだろう?」雨音のなか大きな声を出さないと聞こえません。「でも進もうか…」
「あ、まいど~、歩くの速いですなぁ!」ガサガサッと姿を現したのはノロさん。
「ああ~~~~~!!よかった~~~~~っ!!!」
一同に突然大歓迎を受けてノロさんはポカンとしていました。雨と泥道で多少疲れがあったのか、自分たちの行動を全体的に見れなくなっていたようです。携帯電話ではなく「約束」だけで繋がっていることを、せっかく不便なところに来たのだからもっと大切にしなくてはと反省しました。

ノロさんが合流すると雨も小降りになり、海にスポットライトが当たるようになりました。雨、泥、疲労、海、光、森…単調のなかに色んなものが交錯します。駐車場への分岐が現れました。トレイルはまだ先へ続いています。次のエスケープルートは何十キロ先になるのでしょう。きっと今までと代わり映えのない道が続いているでしょう。でも、ここを曲がらずに真っすぐ行ってみたい。そんな気にさせる不思議な魅力のトレイルでした。

鈴木みきプロフィール

鈴木みき
1972年東京生まれ。
山梨県・八ヶ岳南麓在住。
イラストレーター
24歳の時のカナダ旅行をきっかけに山にハマり、登山雑誌の読者モデルや山小屋アルバイトを経て、登山系イラストレーターとなる。

著書

「悩んだ時は山に行け!」
(平凡社)

「あした、山へ行こう!」
(講談社)

「ひとり登山へ、ようこそ!」
(平凡社)

「山小屋で会いましょう!」
(講談社)

「山テントでわっしょい!極める「山女子」のヨロコビ」
(講談社)

「私の場合は、山でした!
女一匹フリーター、じたばた成長物語」
(平凡社)

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