Miki’s Essay 鈴木みきのカナダのお山へGO! 第40回

アイスライン・トレイル(4)

(photo:Shinichi Yajima)

私たちはスタンレーミッチェル小屋のその日の最後の到着者でした。玄関先のポーチでは白人の男性が数人リラックスしておしゃべりをしています。時間は17時ころでしたが、カナダの夏の日は長いので夕方というムードでもありません。
「ハロー!」「ハーイ!」「どこから歩いてきたの?」スタンレーミッチェル小屋の最大収容人数はたった26人、すぐに顔見知りです。

私が15年前にカナダを旅したとき、おもな宿泊場所はユースホステルでした。いま思うと、宿泊の形態や宿泊者の雰囲気などは山小屋とよく似ています。初めはどのように過ごせばいいか戸惑っていましたが、各国からの旅人は基本的に大らか、そして他人との距離の取り方がとても上手です。フレンドリーでも図々しくなく、話さない人でも機嫌が悪そうには見えない。私にとってそれはどんどん居心地のいい宿泊場所になっていきました。みんな旅慣れているなぁと思っていたのですが、それ以降15年ぶりに泊まることになったカナダのホテル以外の宿泊場所、この山小屋でもやはりそう思いました。その日をひとつ屋根の下、初めて会う人とその大自然の環境も含めて共にするのです。それもたったの20数人です。私だってどんな人がいるのか楽しみというよりも、初めは緊張します。それをパアッと晴らしてくれるのが挨拶です。あとで知ったのですが玄関先にいた男性のひとりは管理人さんでした。「今日は何人泊まるよ!」とか「疲れたかい?」と声をかけてくれます。私には「君のザック、いい色だね!」と褒めてくれました。
薄暗い部屋のなかに入ると、先客が各々の時間を過ごしていました。小さい小屋なので全貌は一目で分かります。「ハロー」「ハーイ」なんとなくみんなが声をかけてくれます。いつもは外国人にビビってしまう私も、今回は日本語も英語も堪能なガイドさんと一緒なので気持ちに余裕をもって挨拶を交わしました。みんなと目を合わせるとホッと安心できたような気がします。

スタンレーミッチェル小屋は前回も紹介したようにカナダ山岳会所有の山小屋で、会費で維持されています。宿泊者のほとんどが会員なのですが、聞いてみるとカナダ以外から訪れる人も多くて驚きました。なかにはここに泊まるのが楽しみで毎年NYからやってくるご夫婦や、この小屋に泊まるために会員になったという人までいます。日本人がくるのはとてもめずらしいということでした。

山小屋は、私たちが泊まる主屋、その裏にトイレ小屋、前に管理人小屋とレンジャー(ワーデン)小屋と、それぞれ少しずつ間隔を空けて建っています。どれもログハウスです。主屋の1階には薪ストーブのある食堂兼リビング、キッチン、小さな寝室1部屋があり、ハシゴで上がる屋根裏が寝室です。電灯がない暗い寝室にはマットレスが敷き詰められていて、その1枚分が1人のスペースとなります。そこに自分で持ってきたシュラフを広げて寝ることになります。柱にザックをかけるフックこそありますが、それ以外は棚などもないので自分の荷物をオーガナイズしないとどこかに紛れこんでしまいそうです。しかも屋根裏なので天井が低く斜度がついているので、みんなしょっちゅう頭をぶつける! なんだかその暗闇の不自由な感じが妙に可笑しくてクスクス笑いが起こるのでした。

食事は自炊です。キッチンにはガスコンロ、鍋、皿、コップ、塩コショウ程度の調味料などは揃っているので食材だけを持っていけば調理ができます。冷蔵庫や電子レンジはありません。電気はないのです。そして水道もありません。水は小屋の前に流れる小川からバケツで汲んできます。使った分は次の人のために補填しておくのが暗黙のルールです。管理人さんも手伝ってくれますが、基本的には自分のことは自分で行います。食事の時間も消灯時間も決まっていません。キッチンが空いてるタイミング、眠くなったタイミングで好きなように自分で決めるのです。だからといって際立って時間を外す人や人の時間に干渉する人もいません。自己責任、自己管理の考えが定着しているカナダならではかなと思います。

到着して私はすぐに寝床だけを作り、軽く着替えて食堂に下りていきました。すると食堂にはガイドさんが用意してくださった温かい紅茶やスナックやチーズがズラリ! 小腹も空き、冷え切っている体にこんな嬉しいことがあるでしょうか。普通なら自分たちでやらなくてはいけないことですが、今回はガイドツアーなので食事の世話はすべてガイドさんにお任せなのです。日本のガイド登山では一般的ではありませんが、カナダのガイドツアーでは食事の準備などもごく普通に料金に含まれています。食料もほとんどはガイドさんが背負ってくれ、たまに持ちきれないものがあれば参加者が分担する程度。このときも全員少しずつは荷物を負担したのですが、それにしてもガイドさんのザックは四次元ポケットなのではないかと疑ってしまうような、充実したおもてなしをしていただきました。

誰かのザックからワインなぞも飛び出し踏ん反り返っていると、夕食が運ばれてきました。Nさんのガイド会社名物「カナディアンちらし寿司」! これには周りの外国人も感動して羨ましがっていました。なんだかんだいって、疲れたときは米が身に染みます。ありがたいことに後片付けまですべてお任せで、私たちはオイルランプの優しい灯りの下で眠くなるまで今日を振り返っていればいいのです。
この時間になると天気が変わり激しい雨になりました。その雨音もストーブのチリチリと燃える音も、そして異国の言葉の会話も小屋に漂い、カナダの山小屋にいることを実感する効果音になっていました。

鈴木みきプロフィール

鈴木みき
1972年東京生まれ。
山梨県・八ヶ岳南麓在住。
イラストレーター
24歳の時のカナダ旅行をきっかけに山にハマり、登山雑誌の読者モデルや山小屋アルバイトを経て、登山系イラストレーターとなる。

著書

「悩んだ時は山に行け!」
(平凡社)

「あした、山へ行こう!」
(講談社)

「ひとり登山へ、ようこそ!」
(平凡社)

「山小屋で会いましょう!」
(講談社)

「山テントでわっしょい!極める「山女子」のヨロコビ」
(講談社)

「私の場合は、山でした!
女一匹フリーター、じたばた成長物語」
(平凡社)

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